「また会いたいから、今会わないんだよ」 【短編小説】

※本記事はnoteにUPした小説を移行したものです。

『じゃあさ、気晴らしに飲みに行かない? ちょっとくらい大丈夫だよ』

送信ボタンをタップしたあと、すばやくLINEの画面を閉じた。既読がつくのを見てしまったら、いつ返事が来るのかとそわそわしてしまうから。そこからしばらく返事が来なかったら、あぁ誘ったらまずかったかな、嫌だった? なんて、不安になってしまう。

スマホをソファーにポンと放り投げ、冷蔵庫に向かう……が、気になってチラチラと横目でスマホを見てしまう。結局、既読がつくのを見ても見なくても、そわそわするのに変わりはないんだよな。

いつもよりも食材が多めに詰まった冷蔵庫の奥から、缶ビールを取り出す。水色の缶に猫のイラストが描かれているパッケージが可愛い、お気に入りのビールだ。普段はあまり家でお酒を飲まないんだけど、ここ数週間はリモート勤務、週末も外出自粛でずっと引きこもり状態なので、酒でも飲まなきゃやってられんわ、と思って買ってきたのだ。
何となく気になって、飲み口の部分を洗う。普段だったら、こんなことはしない。ソファーに戻り、プルタブを開ける。プシっ! と小気味良い音が、小さな部屋に響いた。

スマホが震え、LINEの通知が画面に表示された。あの人からだ。ビールを一口飲み、ふぅとため息をついてから、LINEを見る。

『うーん、、、今はやめておいた方がいいんじゃないかな』

絵文字もスタンプもないメッセージを見て、ずんと心が重くなった。いや、普段から絵文字もスタンプも使わない人だから、いつも通りではあるんだけど。

彼とは共通の友達と一緒に何度か飲んだことがあり、一度2人きりでも飲みに行った。また飲みに行こう、なんて話をして、たまにLINEのやり取りをする仲になったものの、例のウイルスのせいで結局二度目は実現していない。

彼が勤める会社はリモート勤務が認められていないようで、今も毎日仕事に通っているのだとか。『商談が先延ばしになったり取引自体がなくなったりして、会社の雰囲気も悪くてさ。ほんと気が詰まるよ』とLINEがきたので、気晴らしに飲みにでも、と誘ってみたのだが、あっさり断られてしまった。まぁ、このご時世だしね……。

でも、付き合っている訳でもないし、このまま連絡を取ることも会うこともなくなってフェードアウト……なんて可能性も十分にあり得る。嫌だ、そんなの……。猫の缶ビールをぐいっとあおりながら、LINEにメッセージを打ち込む。オレンジのような青リンゴのような、すっきりとしたホワイトビールの香りが喉を通り、胸の中に落ちていく。

『私いまリモート勤務だから何週間も人と会ってないし、咳とか熱もないから大丈夫だよ! 私もストレス溜まってるからさ、久々に外で飲みたいなーって』

しつこいかな、と思いつつも、酔いに任せて食い下がるLINEを送ってみた。送信後に「待てよ、単純に私と飲みたくないだけなんじゃ?」とふと思い、焦った。2人で飲んだ時、向こうも楽しそうに見えたけど、本当は楽しかったのは私だけだったんじゃないか? LINEのやり取りを続けているのはただの暇つぶしなんじゃないか? 「また飲みに行こう」は社交辞令で、真に受けて誘ってきたよコイツ、なんて思われてたらどうしよう……。グルグルと考えていたら、ブブッ、とスマホが震えた。

『でもさ、俺は通勤で毎日電車乗ってるから。朝の電車、いつもより人は少ないけど、普通に混んでるんだよ。いつなってもおかしくないなって思うし、もうかかってるかもしれない。会うの怖いよ』

『そっかぁ……でもさ、若い人はかかっても重症化しないってテレビでやってたよ。私、基礎疾患とかないし』

『基礎疾患がない若い人でも重症化することあるらしいよ。海外の、医療崩壊した国に住んでる日本人のブログ記事読んだんだけど、患者があふれ過ぎててよっぽど重症じゃないと病院行っても相手してもらえなくて、咳や熱があるけど検査もしてもらえなくて自宅でひたすら耐えるしかない……みたいな感じらしい。まぁネットの情報だから、何がどこまで本当かわからないけど……。でも、日本も感染者がめちゃ増えたらそうなる可能性あるんじゃないかなぁ。かかりたくないし、うつしたくないよ』

長文のLINEを見て、考え込む。そう言われると、怖い気もしてくる。というか、私だってまったく怖くないわけじゃない。ビールを飲む時、普段は気にしないのに缶の飲み口を洗ったり(効果があるかは謎)、外出の回数を減らしたいから食材をまとめ買いしたり。

だったら飲みになんて誘うなよって話なんだけど、家にずっと閉じこもって過ごしているのが、精神的にもう限界だったのだ。リモート勤務になって、最初は「通勤ないしパジャマでいいし楽だ〜イェ〜〜〜!」って思ってたけど、一人で黙々と家で仕事をするのはだんだん辛くなってきた。同僚との日頃のちょっとした雑談は、ずいぶん気晴らしに役立っていたんだな、と改めて感じている。

雑談に飢えているせいか、最近はTwitterをよく見るようになった。友達のささいなつぶやきに癒される一方で、国や自治体に対し「対応が遅すぎる」「この施策は無いだろ」などと不満をぶちまけているツイート、それに対し肯定・否定の意見がぶら下がっているリプ欄も見てしまって、暗い気持ちになることもけっこうある。見なきゃいいと自分でもわかっているけど、ついつい見てしまう。

人と会いたい。外に出たい。普段は気をつけて生活してるし、好きな人にちょっと会うくらい、してもいいんじゃない……? なんて思って、誘ってしまったのだった。

この事態がいつ収束するのか、先行きがまったく見えない。彼に次いつ会えるのかわからない。もうこのまま、ずっと会えなくなってしまうかもしれない。アルコールがまわった頭でグルグルと考えていたら、悲しくなってきた。どうやら、自分で思っていたよりも、精神が参っているみたい。これ、自粛疲れってやつかな。

『そうだね、やめとこうか。もう会えなかったりして』

最後の一言は余計だな、と思いながらも、酔いに任せて送信した。LINEを閉じて、Twitterを開く。タイムライン上では、今日も誰かが何かに対して怒っている。

ぼんやりと画面を見ながら指をすべらせていると、「#うちで踊ろう」というハッシュタグがついた投稿が目に留まった。
ハッシュタグをタップすると、ギターを弾く星野源さんの動画がたくさん出てくる。なにこれ?

どうやら、星野源さんが外出自粛の中で曲を作って「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」と呼び掛けたところ、自宅で過ごす人々が続々とコラボ動画をUPする……という一大ムーブメントがネットの中で起こっているらしい。

たくさんのコラボ動画の中から、元となった動画を見つけて、聞いてみた。

【うちで踊ろう】

たまに重なり合うよな 僕ら
扉閉じれば 明日が生まれるなら
遊ぼう 一緒に

うちで踊ろう ひとり踊ろう
変わらぬ鼓動 弾ませろよ
生きて踊ろう 僕らそれぞれの場所で
重なり合うよ

うちで歌おう 悲しみの向こう
全ての歌で 手を繋ごう
生きてまた会おう 僕らそれぞれの場所で
重なり合えそうだ

扉閉じれば明日が生まれる、か。

「#うちで踊ろう」のハッシュタグ付きで、コーラスや楽器、ダンスなど、楽しそうにコラボする動画がたくさんあがっている。みんな、いつもと違う毎日の中で不安を抱えながらも、前向きに過ごしたいと思ってコラボしているんだろう。

いつ終わるかもわからない、自粛続きの毎日だけど。
明日を生み出すための、扉を閉じて過ごす今日を、一日ずつ積み重ねていくしかない。

動画を見ていたら、ブブッ、とスマホが震え、彼からLINEがきた。

『また会いたいから、今会わないんだよ』

『また会いたい』の文字に、耳がほてるのを感じた。彼も私と同じ気持ちでいてくれてるんだろうか。本当に、また会える日が来るんだろうか? だったら、その日を楽しみに、一日一日を乗り越えられるかもしれない。

彼から続けて、LINEが送られてきた。

『ねぇ、家に酒ある?』

『あるよ、なんで?』

『オンライン飲みしようよ、ビデオ通話つないで』

心臓が跳ね上がった。オンライン飲み、その手があったか。

『いいね、飲もう!』

『じゃあ今からかけてもいい?』

いいよ! と送りそうになって、はたと自分の格好を見る。首元がヨレヨレのスウェットにおでこ全開のひっつめ髪、顔はもちろんすっぴん。このままビデオ通話はできない……!

『準備するから10分待って!』

送ってすぐ、スマホをソファーに放り投げ、バタバタと準備を始めた。なんとか支度を終えた10分後、冷蔵庫から缶ビールとスモークチーズを取り出し、テーブルにセッティング。『準備できたよ!』とLINEを送り、彼からの着信を待つ。

また会いたいから、今会わない。
それまでは、それぞれの場所で、うちで踊ろう。

– Fin –

※こちらは、星野源さんの「うちで踊ろう」を元に考えたフィクションです。