大切なのは、体の真ん中。|映画『かもめ食堂』と、ヨガ。

映画『かもめ食堂』を観た。

夏のある日、ヘルシンキの街角に、「かもめ食堂」という小さな食堂がオープンしました。その店の主人は日本人の女性サチエでした。道行く人がふらりと入ってきて、思い思いに自由な楽しい時間を過ごしてくれる、そんな風になればいい、そう思ったサチエは献立もシンプルで美味しいものをと考え、メインメニューはおにぎりになりました。しかし、興味本位に覗く人はいましたが、来る日も来る日も誰も来ない日が続きます。それでもサチエは毎日、食器をピカピカに磨き、夕方になるとプールで泳ぎ、家に帰って食事を作る、そして翌朝になると市場に寄って買い物をし、毎日きちんとお店を開く、ゆったりとしたヘルシンキの街と人々に、足並みを合わせるような、そんな時間を暮らしていました。サチエは、毎日真面目にやっていれば、いつかお客さんはやってくる、とそう思っていたのです。
(Amazon Prime video 解説より)

昔見たような記憶はあったが、内容はあまり覚えていなかったから、「最後まで見ていないのかも」と思いながら、見始めた。見終わってから、「これ、最後まで見たな」と思い出した。

淡々とした映画だ。大きな事件は起きないし、盛り上がりもオチもない。なのにどうしてだろう、とても心に響く映画なのだ。

登場する人々はみんな少しずつ問題を抱えていて、それらが劇的に解決するわけじゃないけれど、受け止めて、前に歩みを進めていく。
派手さはないけれど、コトリと心が動かされるような映画だった。

あまりに良かったので、原作の小説も購入した。日本人のサチエがなぜヘルシンキで食堂を営むことに決めたのか。本屋での出会いがきっかけでかもめ食堂を手伝うようになったミドリは、目をつぶって世界地図を指差して旅先をフィンランドに決めたのだが、なぜそんなことをしたのか。映画では描かれていなかった登場人物たちの背景が、小説には書かれていた。小説と映画で異なる部分ももちろんあったけれど、話をはしょったような違和感はなく、きちんと地続きになっているという印象だった。

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最近、毎日ヨガをやるようになった。

以前は肩こりがひどい時にたまにホットヨガに行くくらいで、ロクな運動はしていないかった。仕事で外出する際に少し余計に歩くようにしていたが、外出自粛により仕事はすべてオンラインに移行したので、今はそれもできない。運動が苦手かつ嫌いではあったが、肩こりや腰痛など体の痛みが椅子に座っていられないくらいひどくなったため、必要に駆られ、最初はしぶしぶ始めた。

一日目。YouTubeを見ながら朝にヨガをしたところ、頭がスッキリする感覚があり、「おや?」と思った。

実はここ何年も、「何も考えない時間」は一日の中でほとんどなく、ずっと何かしらについて頭の中でぐるぐると考え続けている状態だった。隙間時間、寝る間際までパソコンやスマホを延々と見続けることも多かった。そのせいか、頭にモヤがかかったような、ぼんやりとした状態が長らく続いていたのだ。あまりに長く続いているので、モヤがかかった状態が当たり前になってしまい、そのことをすっかり忘れていた。朝ヨガにより頭がスッキリしたことで、「そうそう、こっちが本来の状態だよね」と、これまでの自分が本調子ではなかったことを自覚したのだった。

初日に感じたスッキリ感がやみつきになり、毎朝30分〜1時間ほどヨガをする生活をスタートした。軽く汗をかくので、シャワーを浴びて仕事に入る。これを2週間ほど続けているが、すこぶる体調がいい。前述のとおり頭がスッキリする感覚はもちろんのこと、デスクワークで感じていた肩こり・腰痛・背中の痛みが明らかに軽減した。

今日は休日なので、少し長めのプログラムをやった。ヨガの最中、体のどこに力を入れればいいのかが、以前よりもわかるようになってきた体感があった。床のマットを踏み締める際に足の小指までぐっと力を込めると安定するとか、プランク(腕立て伏せの伏せる前の姿勢)の時に、腹筋のどこに力を入れれば余計な力みなく全身を支えれらるのか、とか。

わかるようになってきたからこそ、「今まで全然わかっていなかったんだな」と実感した。ホットヨガに通っていた時も、レッスン中にはずっと仕事やら何やら、頭の中では色々なことを考えていた。脳だって体の一部で、筋肉のように使い続ければ疲れるはず。頭にモヤがかかっていたのはきっと、脳みそがオーバーヒートしていたせいだろう。

おかしな言い方かもしれないけれど、思考と肉体が離れている感じがずっとあった。目の前のものを見ているようで見ていなくて、頭では常に少し先のことを考えていて、心ここにあらずな状態だった。よくマンガで、白目をむいたキャラクターの頭から魂が抜け出ている……みたいな描写があるけれど、そんな感じ。

ヨガはバランスを取る必要があるポーズも多く、体の中心軸がとても重要なスポーツだ。でも、心と体が分離している私は、自分の中心軸がどこにあるのか捉え切れていなかった。

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「大切なのは、体の真ん中」

『かもめ食堂』のサチエは、日課である合気道の膝行法(しっこうほう・片足ずつ膝をついて前に移動していく方法)をミドリに教える際に、こんな言葉を言っていた。

サチエはブレない人だ。客が来ないことを心配したミドリが「ガイドブックに載せてもらうのはどうか」「おにぎりの具にフィンランドの食材を取り入れてみては」と提案するが、首を縦には振らない。

「道行く人がふらりと入ってきて、思い思いに自由な楽しい時間を過ごしてくれる店にしたい」というのが、サチエの考え。だから、派手な宣伝はしない。シンプルなメニューにこだわり、客がいない店内でもテキパキと動き回る。テーブルを綺麗に拭き、グラスを磨きあげ、お客様を待つ。

考えと行動がぴったり一致しているのは、ブレない軸がサチエの体の真ん中にあるからなんじゃないか。

私は、自分の軸を外に求めがちだった。というか、今もそのきらいがある。他人からの評価の中に自分の価値を見出そうとして、そこに軸を置いていた。今は、軸を自分の中に引き戻そうとしている最中だ。でもたまに忘れて、外に価値を求めてしまいそうになる。

求められた役割を全うすれば感謝されるし、相手の期待以上のことをやれば褒められる。でも、他人からの評価はそれ以上でもそれ以下でもない。

価値は自分の中から生み出すもので、起点や判断軸は自分の中に置くべきで、未来に囚われて今をうわの空で過ごしてはいけない。

流行っているから。みんなこうしているから。こうすれば人に褒められるから。

軸はどこにある?

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2週間のヨガを経て、少しずつ自分の体の中心を捉えることができるようになった。グラグラと揺れてうまく取れなかったポーズも、なんとか形になってきた。

大切なのは、真ん中。

もうしばらくヨガを続けてみようかな、と思っている。

Eri Nakamura
浅草出身・東京在住のフリーライター。趣味はイラスト、純喫茶めぐり。レトロスポットを紹介するおさんぽWebマガジン「てくてくレトロ」運営。