『サラバ!』西加奈子さん

「今まで私が信じてきたものは、私がいたから信じたの。
分かる? 歩。私の中に、それはあるの。『神様』という言葉は乱暴だし、言い当てていない。でも私の中に、それはいるのよ。私が、私である限り。」

「私が信じるものは、私が決めるわ。」

「あなたも、信じるものを見つけなさい。あなただけが信じられるものを。他の誰かと比べてはだめ。もちろん私とも、家族とも、友達ともよ。あなたはあなたなの。あなたでしかないのよ。」

「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」

『サラバ!』は、西加奈子さんによって書かれた小説だ。平成26年/2014年下半期の「第152回直木賞」を受賞している。

主人公である圷歩(あくつ あゆむ。後に今橋歩となる)の自伝の形で、物語は進む。

歩は父親の赴任先・イランで生を受け、日本への一時帰国を経てエジプトへ渡り、そこで幼少期を過ごす。両親の離婚を機に帰国。

帰国後には、姉の奇行および宗教への傾倒、母の異常なまでの幸せへの固執、父の出家、そしてキーパーソンである矢田のおばちゃんの「サトラコヲモンサマ」騒動など、様々な出来事が巻き起こる。

歩はその渦中にいながらも、常に傍観者であった。処世術としてそうせざるを得なかった部分はあるが、幼い頃からひたすらに受け身を貫いていたことが、後に自分を苦しめることになる。

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西さんは、歩と同じくイランで生まれ、エジプトで幼少期を過ごした。

西さんの食にまつわるエッセイ集『ごはんぐるり』には、イランやエジプトでの食にまつわる話もいくつか収録されている。

カイロの卵かけごはんの話や、メイドであるゼイナブのおかしな紅茶の飲み方についてなど、『サラバ!』に書かれているエピソードと重なる部分がいくつもある。『サラバ!』はきっと、西さんの実体験をもとにした部分も多いのだろう。

悩み迷いながらも、最後に「信じるものを見つけた」歩が、読者に対して投げかけた言葉が、以下である。

ここに書かれている出来事のいくつかは嘘だし、もしかしたらすべては嘘かもしれない。
(中略)あなたには、あなたの信じるものを見つけてほしい。

『サラバ!』は小説なので、基本的にはフィクションだ。そして、どこまでが西さんの実体験でどこが作り物なのか、確認しようもないし、確認することに意味もないんだろう。

何が嘘で何が本当なのか。そもそもこの世のすべてのものにおいて、本当にそれが「真実」なのかを、確かめる術はない。

テレビで伝えられるニュース、教科書に書かれている史実、スーパーに並ぶ食品の裏に書かれた成分表の内容、そして目の前の人が発した言葉も。

それらが真実だという確証なんてどこにもなくて、ただ自分が「真実である」と信じているだけなのだ。

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高校生のころ、たとえば授業を受けている最中に、「もしかしたら私はいま、学校の教室で授業を受けていると思い込んでいるだけで、本当は何もない荒野の中一人で机に座っているのかもしれない」などと考えることがよくあった。

お昼休みにごはんを食べているときや、自転車で帰宅している途中、家でテレビを眺めている時間にも。何度も考え、そして怯えた。私が見ているあらゆるものは、本当に存在するのだろうか。目の前で話しかけてくる人が言うことは、本当にその人が思っていることなんだろうか。というか、この人は本当に存在しているんだろうか? 自分は今、虚空に向かって一人で話しかけているだけなんじゃないか。そもそも、自分という存在だって、確かにあると証明できるのか? と。

そんな馬鹿な、と人は笑うかもしれないけれど、私は10代のころの自分の切実さを、笑うことはできない。

怯えながらも、私は『サラバ!』に出てくる歩の姉・貴子のように、自室の壁に巻貝をびっしりと彫ることもなかったし、巻貝を被って路上でパフォーマンスをすることもなかった。むしろ、どちらかというと歩のように、「聞き分けの良い子」であろうと努めていた。表面上は普通に暮らし、大学生になった。

そして、気まぐれに受講した哲学の講義で、ある言葉に出合う。

デカルトが『方法序説』で示した命題「我思う、故に我あり」だ。方法的懐疑、つまり「すべてを疑う」ことをもってしても、「疑っている自分が存在している」ということは否定できない、というもの。

この言葉はするりと私の心におさまり、私は安堵した。300年以上前に、同じようなことを考えている人がいたことにも安堵したし、そもそもデカルトやら『方法序説』やらが存在したのかどうか、それさえも疑おうと思えば疑えた。けれど、それは「疑っている私」の存在の証明でもあった。そのことに安堵したのだった。

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冒頭の引用は、信じるものを見つけられず、そもそも自分が「見つけられていない」ことにすら気づかずに、不安に揺らぎ続けていた歩に対して、姉・貴子が放った言葉だ。

彼女は「信じられるもの」を見つけるために、いろいろなものを信じ、裏切られ、傷ついてきた。幼い頃からありとあらゆる奇行を繰り返し、学校でもいじめられ、そして母親と衝突し続けたが、自分の力で立ち直った。

それができたのは、この世界で唯一、間違いなく存在すると言える自分自身の中に「揺らがないもの」を見つけられたからなのだろう。

「あなたも、信じるものを見つけなさい。あなただけが信じられるものを。他の誰かと比べてはだめ。もちろん私とも、家族とも、友達ともよ。あなたはあなたなの。あなたでしかないのよ。」

私だけが、信じられるもの。他の誰かと比べたりせず、私は私でしかないことを認めること。

イラン、エジプト、そして日本と、国をまたいで壮大なスケールで描かれたこの物語を通して私が得たものは、「自分は自分である」という強固な確信だった。

『サラバ!』上・中・下(小学館文庫)
『ごはんぐるり』( 文春文庫)