働くことで自由になれた私は、仕事と日常をもっとシームレスにしたい|『生きるように働く』(ナカムラケンタさん著)

  • 2018.11.03
働くことで自由になれた私は、仕事と日常をもっとシームレスにしたい|『生きるように働く』(ナカムラケンタさん著)

10代の頃は、目の前に見えているものが世界のすべてだと思っていた。

みんなと同じ制服を着て、毎日同じ時間に学校に行き、決まった時間に決まった授業を受ける。

合う・合わないなどまったく考慮されず、ランダムに選ばれた30人ほどの集団のひとりとして1つの教室に押し込められ、そこにいる人たちと人間関係を築かなければならない。

窮屈だった。

本当は私は四角いのに、丸いところになんとか収まろうとして、体を無理に捻じ曲げて押し込むような、そんな感覚をずっと抱えていた。

でも、当時はほかに世界はないと思っていたから、「みんなは窮屈そうじゃない、楽しそうにしているのに、どうして私はみんなと同じにできないんだろう」と、やるせない思いだった。

大学生になって、好きな服を着て、好きな授業を選べ、ほかの学部の友達とも自由に繋がることができるようになって、少し楽になった。

そして社会人になった。

働くことを通して、私は自由になっていった。

会社にいると、自分では選ばないような選択肢を取らざるを得ないことがある。
普段だったら接することのないような人と、知り合う機会もある。

自分の意思と異なる選択はストレスにもなり得るが、時に新しい世界を知るきっかけにもなる。

人ひとりに与えられている時間はとても少なくて、人生をフルに使っても、1つの図書館の本を全部読み尽くすことすら難しいだろう。

だから、世界中のすべてのものを知り尽くす、なんて不可能ではあるけれど、「見えるものがすべてではない」ということがわかれば、視野におさまりきらない外側にも世界は広がっていて、少し動けばそこに行くこともできる、という希望にもなる。

窮屈な丸の中におさまろうとしていた四角い私は、働くことを通して、私のままの形でいられる世界もある、ということを知った。

求人サイト「日本仕事百貨」を運営されている、ナカムラケンタさんの著書『生きるように働く』には、生きるように働くことを体現している様々な人が登場する。

また、著者のナカムラさん自身も、生きるように働いている方だ。

ナカムラさんはじめ、いろんな人たちの姿を通して、あぁこんな生き方もあるのだ、という新たな発見とともに、まだ私の中に残っている、窮屈な感覚がひとつずつ外れていくような気持ちにもなった。

本の中に出てくる、糸を染める工場の工場長さんが、こんなことを言っていた。

「日常のふとした瞬間、たとえばお弁当の中のたくあんを見たときに、この色は、この染料とこの染料を混ぜれば作れるな、と無意識に考えてしまうんです」
(※原文ママではなくざっくり意訳して書いてます)

仕事と日常が混ざり合っている状態。
完全に切り離したい人にとっては、「プライベートの時間にも仕事のことを考えてしまうなんて辛い」と思うのかもしれない。

働くことを通していろいろな世界を知った私はいま、私が私の形のまま、自然にいられる状態でいられる「働き方」を、模索している。

先ほどの工場長の言葉をはじめ、本に書かれた様々な人の言葉を読んでいくうちに、私がやりたいことは、生きるように働くことなのかもしれない、と感じた。

「人生」という大きな枠の中に、仕事や日常にまつわる様々な要素が含まれていて、全ての要素について、境目が曖昧で、マーブル模様のように混ざり合っている状態。

これが、私にとっての理想。

「ワーク・ライフ・バランス」という言葉に違和感を覚えるのは、ワークとライフが完全に切り離されたような印象を受けるからだ。

私の実家は昔、浅草で靴問屋を営んでいたが、一階に店舗を構え、二階に住居があった。

下町では、店舗と住居が同じ場所、というのは珍しくないので、仕事と日常がシームレスであることに違和感がないのかもしれない。

では、生きるように働くには、どうすればいいのか?

この問いに対して、本には明確な答えは書かれていない。

そりゃそうだ。正しさは人によって違うから、自分で考えていくしかない。

『生きるように働く』は、いろんな人の生き方を、少しずつ覗くことができて、自分の考えを深めるきっかけになる。そんな本だった。

『生きるように働く』
https://shigoto100.com/book-ikiruyounihataraku

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