「私そのもの」のようなWebメディアをつくってみた話

「懐古主義」というのだろうか?

私は、レトロなもの、古くからあるものがとても好きだ。

なぜなのかと聞かれても、明確な理由を答えるのは難しい。
「赤が好き」に明確な理由をつけるのが難しいのと似ている。感覚的なものなのだ。

強いて挙げるなら、私のルーツが「浅草」にある、というのが、その理由だろうか。

一人暮らしをした時期もすこしあったが、30を過ぎるまでのほとんどの時間を、浅草で過ごしてきた。

「浅草」は、私の日常であり、大好きな場所だ。

戦時中の蔵を併設したカフェ。
昔ながらの街並みが残っている通り。
日本で一番最初に出来たバー。

浅草、およびその周辺の下町には、たくさんの思い出が詰まっている。
それらすべてによって、私はかたちづくられている。

だからだろうか。

純喫茶だとか、昭和の文学作品とか、古い街並みが残っている場所とか。
浅草以外のところでも、懐かしさを感じるようなレトロなものに、ものすごくときめくのだ。

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意識はしていなかったが、大学で近代文学を学ぶことを選んだのも、それが理由かもしれない。

授業はそこそこでサークル活動に精を出すタイプだったので、まぁそんなに詳しいわけではないが、大正〜昭和にかけての文学作品や短歌を読むのは好きだ。

江戸川乱歩の作品には、浅草や上野の不忍池(しのばずのいけ)など、幼いころからの馴染みの場所が出てくるので、読むのは楽しかった。
卒論も、乱歩の作品について書いた。

御茶ノ水で仕事をしていたとき、昔ながらの洋食屋や蕎麦屋などがあって、ランチでたまにそこに行くのが楽しみだった。
たまたま入った店が「夏目漱石が通った店」で、昔読んでいたなぁと、懐かしい気持ちになった。
フライ定食を食べながら、久々に青空文庫のアプリで『こころ』を開いてみたりもした。

神保町に用事で行ったときには、近くで開催されていたふるほん市にふらりと行った。
岩波文庫のコーナーから、さくっと読むのに良さそうな石川啄木の歌集を買って、近くの純喫茶に入ってコーヒーを飲みながら読んだ。

そういうのが、好きなのだ。
これをやると決めたら全力で突き進んで、ついつい頑張りすぎてしまう自分の心を、やわらかくゆるめる時間。

そこに「レトロ」という要素は欠かせない。

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自分が好きな世界を詰め込んだものをつくりたい。

レトロなもの。写真を撮るのも好きだ。
あとは、ちょっとしたイラストを描いたり、デザインを考えたりするのも好き。

Webサイトをつくるのも好きだ。
一番最初に自分がつくったサイトをインターネット上にアップしたときの、「自分の作品が、世界中の人に見てもらえる」という心が震えるような感動は、いまでも忘れられない。

そして何より、文章を書くこと。
伝えたいことを頭の中で編み、それがなるべく劣化しないような言葉を選んで、文章に落とし込む。
この一連の行為が、たまらなく好きだ。

それをすべて詰め込めるものを作ろう。

そう考えて、「Webメディア」を作ることにした。

サイト自体は完成していて、あとはコンテンツを増やしていくのみ。

オズマガジンやhanakoといった、おでかけ系の雑誌のような雰囲気をWebでどうにか表現したいと思っているのだが、これがなかなか難しい。

納得がいかなくて、何度か作り直したりもした。

まだ100%理想通り、とまではいかないが、こだわりすぎるときりがない。

紙媒体と違って技術的に表現が難しい部分もあるので、「現時点では最高の出来」というところでいったんは止めておこう、と思い、一ヶ月近く下書き状態でいじっていた記事を、やっと昨日公開した。

これから記事をつくっていく中で、ブラッシュアップしていこうと思う。

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「自分不在のものづくりはしちゃだめよ。自分が欲しいと思わないものは、つくらない」

それは、とあるテレビ番組で、世界的なデザイナーが芸術系の大学に通う学生に向けていった言葉だ。

「世の中のニーズを汲んで」「市場調査をして」
これは、ある意味では正しい。しかし、ある意味では正しくないのかもしれない。

「きっとこれは誰かが欲しいだろう」「世の中に必要なはずだ」
ものづくりや、事業を考えるときもそうかもしれないが、こういった視点は、もちろん必要だと思う。

でも、その対象である「誰か」に自分が含まれていないものは、つくらないほうがいい。

デザイナーの方が言った「自分不在のものづくり」とは、おそらくそういうことだろう。

文章も同じだ。

自らの思いを語る文章も、誰かの思いを伝えるための文章も、「自分」がどこかしらにいないと、いいものにはならないし、結局伝わらない。

「いい文章」ってどんな文章なのか。

誤字脱字がないとか、語彙力があるとか、編集能力とか。

私はいま、ライターとして少しばかり書く仕事を始めたところだが、「文章を書くこと」にきちんと向き合う前には、そんなことを考えていた。

でも次第に、そこは本質ではないということに気づいた。

プロとして求められる一定のレベル、というものはもちろんあるけれど、そこを満たすのは「最低限」であって、人の心を動かすような、行動を起こさせるような文章というのは、「書き手の熱」が乗っている文章なんじゃないか。

私が好きなメディアのひとつに「milieu(ミリュー)」がある。

一般的にPR記事は嫌われやすいが、ミリューの場合は「PR」と書いてある記事もPR臭がまったくなくて、読んだあとに、素敵なストーリーをありがとうという気持ちになる文章だ。

それは、「頼まれ仕事」だから義務的にやっているのではなくて、「これを伝えたい、広めたい」という、編集長・塩谷さん自身の思いが乗っているからだと思う。

文章やデザイン、あとは写真なんかも。
「クリエイター」と呼ばれる人たちがおこなう「ものづくり」において大切なのは、きっとそこなんじゃないかと思う。

自分がいいと思うものを、つくる。

「頼まれ仕事」を、本当は好きじゃないのにな、と思いながらやっていた会社員時代には、その言葉は単なるエゴのように感じていた。

でも、そうじゃない。

本当はいいと思っていないものを、熱を込めて伝えられるわけがない。
そばアレルギーの人が「おすすめの蕎麦屋3選」みたいな記事を書くようなものだ。

食べられないのに、好きじゃないのに、良さなんて語れるわけがない。
無理に語ろうと思ったら、自分じゃない誰かの言葉や、ネットに転がっている情報をうすっぺらく書くだけになる。

読み手はバカじゃない。そんなのは見抜かれてしまう。

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メディアをつくろうと思ったのは、「自分の庭が欲しい」と思ったから。

外部のメディアの色に合わせて書くのは、制限がある中でどういった表現をするのか、と考える面白みがある。

でもそれだけではなくて、ゼロから自分で作りたいと思った。

歌ったり踊ったり飛び跳ねたり、大声をあげてもいい。
好き勝手表現できる、自分だけの庭が欲しかったのだ。

誰の手も入らない場所で、自分が思う最高なものをつくってみたいと思った。

最初から「レトロ」という切り口が決まっていたわけじゃない。
むしろWebマーケ情報とか、もっとゴリゴリビジネス寄りなメディアにしようかと思っていた。

それは、好きだったからというより、需要がありそうだと思ったから。

でも、そういう考え方は、もうやめようと思った。

「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、「好きだ」という思いがある人には、どうやったってかなわないのだ。

好きなことで成功できるのは、一部の限られた人だ、みたいな見方もあるけど、嫌いなことを嫌々やって周りの人以上の結果が出せるって、めちゃ優秀な人だけなんじゃないか。

むしろ凡人のほうが、好きなことで勝負するしかないんじゃないのか、というのが持論だ。

だから、「好き」を軸にして考えた。

ちなみに、「レトロなものが好き」というのは、オフモードの自分。

オンの状態の自分――フリーランス、女性、働き方、あたりのことについても、書いていきたいと思っているが、これは外の媒体で書くことでも実現できそうだと思った。

「レトロ」のほうは、「おすすめ純喫茶特集」とか、断片的にはあるけど、まとまった情報が見られる場所はあまりなかったので、自分でつくることにした。

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うまくいくかどうかなんて、正直わからない。
Webサイトは、ネット上にあるからといって、勝手に誰かが訪問してくれるものでもない。

「広める」ための手法は色々あるけれど、前提として、その対象となるものが、「良いもの」でなければ効かない。

一時的に話題になるものを作りたいわけではない。

いまはコンテンツを増やしつつ、質も高めていくのが先決だと思っている。

と、こんなことを書くと堅苦しくなってしまうけれど、根本的な感覚としては、自分がいいと思ったものは「見て見て!」と、誰かに教えたくなるタイプなので、それを「Webメディア」を通してやろうとしている、というだけ。

外部媒体でライターとして仕事をするときも、同じような感覚かもしれない。
これは誰かの役に立つかな、とか、伝える意義があるな、と思うものを、文章にする。

だから、いまつくっている自前のメディアはオフの自分を表現するものだけど、オンのときも同じことを考えていて、結局わたしは自分がいいと思うものを「見て見て!」って人に伝えることが好きなんだ、きっと。

書くことも、何かをつくることも、全部同じ動機なんだと思う。

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メディアは、しばらくはひっそり更新していく予定。
ツイッターもメディアのアカウントを作って、そちらで告知していこうと思っている。

自分が実際に行った場所、体験したことだけを書くので、多分更新はそんなに多くはできないと思う。

でも、ネットで調べた情報だけで書いた「おすすめお出かけスポット○選」なんて記事は、もうすでにWeb上に溢れているし、自前のメディアにそれを書く意味をあまり感じない。

自分の「熱」や「思い」が乗ったものになっているか。
ちゃんと伝わる言葉でかけているか。

自分の人格を乗り移らせるような感じに近いかもしれない。
少しずつ、私らしいメディアになるように、育てていきたい。

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