「書くネタがない」ときは、イヤホンの音量を下げよう

「書くネタがない」ときは、イヤホンの音量を下げよう

あぁ、私はあの時、どうしてイヤホンの音量を下げなかったのだろう?

もっと顔も見ておけばよかった。さりげなく見ることもできたはずだ。

だって隣の席にいたのだから。

それは、今度書く記事の取材に行った帰りに寄った、原宿のカフェでの出来事だった。

今回の取材は、政治的なニュースについて、専門家の方に素人目線で素朴な疑問を聞いてそれを記事にするというもの。

とても丁寧にわかりやすく説明してくださる方だったのだが、政治的なニュースにうとい私にとっては難しい内容で、脳がぐったりと疲れているのが自分でもわかった。

普段はブラックコーヒーを頼むところだが、脳の疲れを取るために、糖分を補給しよう……と思い、チョコレートと生クリームがたっぷり入ったドリンクを頼んだ。

原稿は明日以降に書くことにして、取材の内容や録音データをまとめよう。
そう思って、ドリンクを飲みながら、イヤホンをつけてパソコンで作業を進めた。

しばらくすると、新たなお客さんが入ってきて、私の横の席に座った。

それは、奇妙な三人組だった。

4人がけのテーブル席で、私が座っている側に女の子二人組が座り、その向かいにおじさん一人が座った。

女の子のほうは、いかにも原宿らしいカラフルポップなおそろいの服装に、金髪のツインテール。

真横の席だったので顔はあまり見えなかったが、服装と髪型、そして体型も声もそっくりだったので、おそらく双子ではないかと思う。
小柄で子供っぽい話し方。中学生くらいだろうか。

一方でおじさんの方は、50歳まではいっていないと思うが……おそらく40代。
ジャケットの中のシャツは派手な柄、髪をうしろになでつけてオールバックにしていた。
メガネには薄く色が入っていて、いわゆる「普通の会社員」ではないことがうかがえた。

なんだこの三人組は……。

普段は隣に来たお客さんなんて気にしないが、あまりに奇妙な組み合わせだったので、作業を続けながら、たまに聞こえる会話に耳をそばだてた。

女の子二人は緊張していたのか、メニューも開かずにかしこまった様子で静かに座っていた。
「まずはメニューを見なさい」とおじさんに優しく言われて、「はい、わかりました!」
とメニューを開いた。

「最近、Tik Tok(ティックトック)にあんまり動画UPしてないんじゃない?」
とおじさん。

「そうなんですよ〜、すいません」
「あ、でもこの間あげました! ○○で検索したら出ると思います」
と女の子が交互に言い、おじさんがスマホで調べはじめた。

カレーを食べる女の子二人組に、もっとこうするといいよ、とアドバイスをするおじさん。
女の子たちは、うんうんとうなずきながら、カレーをもぐもぐ食べている。

「Tik Tok(ティックトック)」というのは、若い子たちの間で流行っている、動画をアップできるSNSサービスのことだ。
どうやら、女の子二人はアイドルか何かで、おじさんはエージェント側? の人のよう。

途中で、おじさんがスマホを開いて「あちゃー(笑)」と言い出した。
「どうしたんですか?」と女の子。
「友達のIT社長が石原さとみと一緒にいるとこ撮られたって。あーあ、やっちゃったなー(笑)」

「えー!!! 石原さとみと?! うそー!!」
「すごーい!! なんか……やばい、すごいね!!」
と、少なめの語彙で驚きを表現する女の子たち。

素直に驚く彼女たちを見て、「気をつけて、IT界隈って一回会っただけでも『あいつとは友達』って言い張る人たくさんいるから!」と言いたい気持ちをぐっと抑えた。

それにしても、女の子は二人とも、かなりなまりが強い。
地方出身だとしても、東京に住んでいればある程度なまりは薄まっていくはずだ。
彼女たちの話し方からは、普段は東京で生活しているわけではないのでは? と感じられた。

このおじさんがどんな人かは知らないが、東京で変な大人にだまされないといいな……。

そう思い、そこで会話を聞くのをやめた。

なぜやめたのかというと、今度受けるライティング・ゼミの試験に向けて、記事書く練習をしようと思ったから。

私はいま「天狼院書店」が運営するライティング・ゼミに通っている。
ゼミは5月で終了するが、6月から始まる、プロのライター向けのコースを受講しようと思っている。

プロコースは、試験に合格する必要がある。
その試験とは、2時間で一本記事を書くというもの。記事のテーマは、当日発表される。

普段は、一本の記事を書き上げるのに確実に2時間かかっているので、そこがまずハードルだ。
だから、試験がある2週間後まで、毎日2時間で記事を書く練習をすることにした。

カフェに行ったのは、「毎日2時間で書く」と決めたちょうど初日。
絶対に書き上げる! と思い、イヤホンの音量を上げてまわりの話し声をシャットアウト。ぐっと集中したら、見直しも含めてなんとか2時間で書き上げることができた。
この調子で、練習を続けていこうと思う。

一番の問題は、当日発表されるテーマにどう対応するか、ということだ。
テーマに沿ったネタをその場で考えるなんて、できるだろうか。
事前にネタのストックをある程度しておいて、そこからテーマに近いものを選んで書くのがいいかもしれない。

記事を書き終えた後、すっかり氷が溶けて薄まったチョコレードドリンクの残りを飲みながら、そんなことを考えていた。
そしてなんとなく過去の講義のノートをパラパラと見返していると、あるページで目がとまった。

そのとき、私は自分がおかした失敗に気づいた。
はっとして隣を見ると、もうあの三人組はいない。

あぁ、失敗した……後悔したが、もう遅い。
私は、格好の獲物を、逃してしまったのだ。

ライティング・ゼミでは、自分でネタを考えた記事を週に一本書いて提出し、添削を受ける。

「そろそろ、ネタのストックがなくなってくるころですね」
先月の授業で、先生がそう言った。

これまで生きてきた中で、「これはネタにできる」という材料が誰にでもあるので、最初のうちはネタに困ることはない。

しかし、毎週書いていると、ある段階で過去のネタストックがなくなり、新たに自分の中にネタ元になるものを仕入れておく必要がある、ということだった。

先生の言うとおり、過去の出来事でネタにできるものは出し尽くした感があり、これから何を書いていこうかと迷っているところだった。

「ここからが、勝負なんです」
そう先生は言った。

「過去のゼミの受講生の中で、授業の帰り道に、コンビニのそばでプリンを食べているおじさんを見て、それを記事にした人がいた。ほかの受講生もみな、そのおじさんを見ていたはずだが、記事にしたのはその人だけ。そういうことなんです」と先生。

有料のゼミなので、講義の内容は詳しく言えないが、日常の中でネタをさがそうとすること、それをネタとして引き出せるようにストックしておくことが大切、ということだった。

それで言うと、先ほどの「金髪双子アイドル×あやしいおじさん」なんて、格好のネタじゃないか。

どうして私は、それを見逃したんだろう?
もっと、会話に聞き耳をたてておけばよかった。
そうしたら、もっと面白い話が聞けたかもしれない。

「友達のIT社長」のくだりなんて、今話題だし、おいしすぎるネタじゃないか。
イヤホンで音楽を聴きながらだったから、断片的にしか聞こえなかった。
あぁ、あのとき音量を下げていたら……悔やんでも悔やみきれない。

私は感覚よりも頭でものを考えるタイプで、机の上での「お勉強」に走ってしまいがちだ。
でも、もっと日常に感受性という名のアンテナを張って、視野を広くしないとダメだ。

ネットの記事なんて、面白くなければ最後まで読まれないで、すぐ閉じられてしまう。
面白い=何かしら得るものがある、ということだ。

次々とネタを思いつき、面白いものを書ける人は、人と違って特殊な能力があるわけではない。

ほかの人が見過ごすものにも目をとめて、「どうしてだろう?」と考えを深めることができて、そこから得た学びを、ほかの人にも伝わる文章で表現できる人なんだ、きっと。

カフェでも街中でもイヤホンをして、周りをあまり見ないで歩く。
「どうして?」と思ったら、考える前にスマホで検索してしまう。
そんな自分を猛反省した。

まずは身の回りのことに、もっとアンテナを張ることから。

今度カフェに行くときは、イヤホンをするのはやめよう。パソコンも開かない。
ゆっくりとコーヒーを飲みながら、周りの会話に耳を傾けてみようと思う。

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