優先度が高いものに、多くの時間を割けているか

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「旅行に行きたいんだ」といつも言っている人がいた。

有休休暇も取れる。お金が無いわけではない。旅行客が行けないような危険な場所に行きたがっているわけでもない。

出来ないようなことじゃないから、行けばいいのにって思っていたんだけど、何年経ってもまったく行く気配がない。

どうしてだろうと、ずっと不思議に思っていた。

「あれが欲しい」「これをやりたい」「ここに行きたい」

欲望は尽きない。ただ、お金も時間も有限だし、色々な制約の中で私たちは生きているから、全てを叶えるのは難しい。

優先順位をつけて、取捨選択をした上で順番に叶えていくしかない。

①やりたい/叶えるのが簡単
②やりたい/叶えるのが難しい
③そこまでやりたくない/叶えるのが簡単
④そこまでやりたくない/叶えるのが難しい

優先順位が高いのは当然①②だ。①を叶えながら、②を叶える準備をしていけば良い。

マーケティングでよく出るたとえ話として「ドリルが欲しい人は、ドリルそのものが欲しいわけではなくて、穴を開けたいのだ」というものがある。

Need(ドリル)ではなくてWant(穴を開けたい)が何なのかを見極めるべきだ。自分に対しても。

いちいちそんなことを考えるのは、とても面倒なことだ。

簡単に叶えられることを積み重ねるだけでも、満足感は得られるし。

でもそれを面倒がっていると、「そこまでやりたいわけじゃないけど、叶えるのは簡単なこと(③)」にうっかり時間を割いてしまうことになる。

「時間は有限だ」という事実を、私たちは誰しも「認識」している。

しかしその意味を本当に「理解」しているだろうか。

事実を認識した上で、どんな行動を取れば良いのか、考えられているのだろうか。

毎日死に向かって生きていて、時間は指の間からこぼれ落ちる砂のように、呆気なくさらさらと流れていって、手の中に戻ることはない。

寝て起きればまた新しい一日。砂はさらさらと流れて、落ちていく。

それをぼんやり眺めて一日を終えるか、砂が落ちきる前に今日は何ができるだろうと考え、行動を伴う一日を過ごすか。

どちらでも選べる。でも後者は、選ぼうと思わなければ選べない。

旅行に行きたいとため息をついていたあの人は、本当に旅行に行きたかったのだろうか。

なんとなく、まわりのみんなが行ってるから、自分も行きたいかもしれない、と思っていただけだとしたら?

もっと他に優先順位が高い「やりたいこと」があるのであれば、悩むポイントが完全にずれている。

何かの機会に旅行に行くことが出来たとしても、思うような満足は得られないだろう。

限りある自分の時間を、「何に」費やしたいのか?

「一番やりたいこと」に一番多くの時間を費やす事が出来ている状態を作るにはどうすればいいのか?

答えは、自分の中にしかない。

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